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【2024/06/28 09:29 】 |
眩暈1

櫂が、幸恵と二人で箱根の彫刻の森美術館に行ったのは、一度きりではなかった。最初に一度行ってから、二人ともかなりその場所が気に入ってしまい、気づけば、その後思い出したように度々、尋ねて行ったのも不思議なものだ。

ある日、箱根の彫刻の森美術館に行った日は、頭部だけの彫刻がズラリと並んで展示されている渡り廊下を真っ直ぐに、別の棟の美術館に向かって走っている時、ふと美術館の絵画ショップで絵画ポスターなどを買いたくなり、突如、方向転換してショップに足を向けたのだが、息切れしてしまい、いきなりその場にしゃがみこんでしまった。

勿論、その時、一緒にいた幸恵は心配して私に話しかけてきた。「大丈夫、櫂ちゃん!」櫂は、言うまでも無く私の名前だ。「ちょっと、慌てたものだからね、でも、もう大丈夫だよ!」少し咽て堰がでたが、心配するほどのこともなかった。

「私が先に欲しいものを選んでおくから櫂ちゃんは、そこで待っていてね!」「いや、僕も一緒に行くよ!」「でも、体調が悪いんだったら無理しない方がいいよぉ」「たいしたこと無いから大丈夫だよ、ほら、ニコニコしているだろう!」そう言う間に、もう幸恵は、何点か好きな絵画ポスターや葉書を選んでいた。本当に素早い行動だ。

いつも、幸恵はテキパキと行動が出来るタイプで何においても手際がいいのが常だった。もちろん、そんな幸恵だから、みんなから頼れるタイプとして羨望のまとだった。容姿だって決して悪い方じゃなかったから、幸恵を恋い慕う者達が周囲から絶えることはなかった。そんな人気者の幸恵を独占できている自分はたいした者だと櫂は、いつも鼻高々だった。

幸恵が絵画ショップで絵画ポスターや絵画葉書を購入してレジに向かうと櫂もいつのまにか追いついて傍に立つ構図になっていた。幸恵は自分の財布をバッグから取り出すとさっそく蓋を開けたが、中身を見てすぐに落胆の声を上げた。「ああ、どうしよう・・・・足りない・・・どうしてもお金が足りないのよ」「えっ!何だって、そりゃぁ大変だ!」その場は櫂が払うこととなった。

この頃、櫂の方は金銭的に順風万歩で、何も悩むことがなかったのだ。それほど裕福な家庭で育っている訳では無かったが、櫂は沢山の種類のアルバイトに毎日明け暮れ、金銭的に比較的恵まれ、何不自由なく毎日を快適に過ごしていた。

幸恵の方は、根はとても良い子なのだが、しばしば金欠に襲われ狼狽してしまう場面が多いのだった。殆ど問題が無い性質なのだが、金銭的に落ち込むことが多い女性だった。

そんな幸恵のことを、その時の経済力で影ながら支え、支援していたのが櫂だ。幸恵から慕われ続け、頼もしいと言われ、心から信頼されたいという思いから張り切っていた。櫂は、見た目は割りと好感度の高い真面目風だったが、対する幸恵の方は、お茶目で可愛いうさぎちゃんと言った処だ。

幸恵が絵画ショップで選んだ商品はルノワールの小さなポスターと絵画ブロマイドが入った額縁だ。「これとっても気に入ったの、櫂ちゃんも何か買わないの?」「僕は、良いよ、またここに一緒に来て絵を見ることが出来ればそれでいいんだ」「ふーん!そうなんだ、わかったぁ」「また、ここに一緒に来ようね!」「うん、もちろんそのつもり」

幸恵と櫂の二人の会話は、本当に有り触れたどこにでもいる恋人同士のような会話にもよく似ている。

太陽の周りをぐるぐると廻る惑星や恒星のように人のことをその太陽や惑星や恒星に例えるなら、さしづめ幸恵が太陽で櫂がその周りをぐるぐると廻る惑星や恒星になるだろう。また、時として太陽であるはずの幸恵がその周りを廻る太陽からの平均距離59億1510万キロの準惑星の冥王星になっていた。この星は、太陽系で海王星の外側を廻っている。

星の導きのようにある日と突然二人は出会い、会話を交わし、お互いを認め合い、そして惹かれ合い互いの半身を必要とするようになり、定期的に会うまでの関係になった。だが、まだ青い果実のような間柄はしばらく続いた。まだ二人の関係は、恋人のようで恋人でない、また友達のようで友達でない、幸恵と櫂は正に友達以上恋人未満の関係だった。

もっぱら二人の共通の趣味は少なくとも初期は、美術館めぐり―まあ、殆どが箱根の彫刻の森美術館に行く事が主な活動だ―に尽きた。最初は、二人はまるで美術館から始まったと言っても過言ではない交際の幕開けだった。

美術館の帰りに、幸恵がお腹が空いたと言ったので、櫂は助手席の幸恵と共に車でデニーズに入った。「ねぇ、これ美味しいね!感激!」さっきオーダーしたばかりの真っ赤なロブスターがお皿に腹を切り裂かれた格好で載せられて目の前のテーブルの上に置かれていた。「もちろん、美味しいよ、ここの自慢の料理らしいからね!たーんとお食べ」幸恵の頬っぺたが、とても幸福そうにピンク色に輝いた瞬間だ。「すみません、ちょっと良いですか?」後ろから、甲高いテノールの男の声がした。「えっ何か?」慌てて、櫂が男の問いかけに反応すると、幸恵がすかさずこう言い放った。「いいよ!一緒に食事しようよ!」櫂は驚いてしまった。だって、いきなり幸恵と自分の二人の間に外野が入ってきたからだ。

だが、そんなイライラしだした櫂のことを余所目に外野の男と幸恵は初対面だと言うのに大変意気投合した感じだった。「君、可愛いね、俺の好み、・・・あっごめっ、隣の人彼氏だよね!」今更気づいたかのようにこの初対面のずぅずぅしい男がそう言うと、な、何と幸恵はこう言ったのだ。「うぅん、違うよ!友達、友達!」いや、確かにその通りだ。この時点で櫂と幸恵の関係はまだ潔白な関係だったから。

だけど、あまりにずぅずぅしくないか?男と女がどんな事情であれ、二人でファミリーレストランに来て入れば、どう考えても馴れ初めの関係であることは一目瞭然ではないか?そんな思いが櫂の脳裏にふと浮かんだが、次の瞬間、打ち消された。なんとずぅずぅしい初対面の割り込み男が幸恵の肩に櫂の目の前で手を掛けたではないか!

櫂はそれまで嫉妬心という物を幸恵に感じたことは、唯の一度もなかった。元々、櫂は、嫉妬をあまりしない性質だった。だが、あまりにもずぅずぅしい、初対面の外野男の振る舞いにいつのまにか気づけば心の中は烈火の如く熱く滾っていた。これは本当に櫂にとっては珍しい感情のあり方だった。

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【2010/02/25 02:27 】 | 小説 | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
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