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【2024/09/28 22:07 】 |
眩暈3

また、この日曜大工の簡易セットは、色は、濃い青で、手で持ち運べるように付けられた金具部分の色はシルバーだ。幸恵はマンションの部屋て中を大きな伸びをして「そろそろ眠いから寝たい」と言った。それは無理もない、もうこんな時間だ。眠いのは当然だ。時刻はちょうど夜の22時を廻っていた。

部屋のコーナーに置いてある粋でモダンな黒いエナメル地のマットベッドの上にいつの間にか幸恵は大の字になって寝転がっていた。無防備にも足は大きく開かれて、少し蟹股に見える。太腿と太腿の間から下着が少し見えて、それが何とも言えず艶っぽく櫂の男心を惹いた。

しかし、櫂は、ここで今、情欲の沸くままに幸恵のことを襲ったりしてはいけないという常識だけは持っていた。そのような突飛で女性を卑下した下衆な行動は大変良識を欠いていて不道徳なことだと心得ていたからだ。

マットベッドの上に寝そべっている幸恵の顔は、小さく丸く口をポカーンと開けている状態で、少し間が抜けて見えるがとても愛嬌がある。櫂の心は幸恵に対して愛おしいと言う感情より、どこかで見覚えがあるという懐かしい感情の方が大きいのだ。その懐かしさは大分前、何年か前に横浜の海外旅行のセールス会社で知り合った年下の女性の面影に繋がっている。

その女性は堂本千恵子という名前で大変性質の悪い不良男と付き合っていた。会うたび買い物だけの関係で逆らうとその場で引っ叩かれ、財布を取り上げられカードを盗まれた挙句、勝手に使われその返済に追われ、とうとう水商売で働くまでに落ちぶれてしまっていた。世間知らずの娘が付き合う男を間違ってしまって転落してしまった典型的な例だと思う。

ある日、その千恵子が、交際相手の男の家を訪ねると、別の女性がいて、その女性に妹だと紹介され、その後ショックで湘南の海に行き、哀しくて哀しくて、海辺の砂浜にしゃがみ込んで唯一人ひたすら涙を流していたという。

さらに、哀しみはそれだけでは癒えず、さらに深い哀しみに進行してしまい、とうとう自宅でリストカットしてしまったのだ。しかも、その行為は幾度と無く繰り返され、千恵子の左手首はリストカット跡の生傷が絶えなかった。右手はリストカットのために使用するカッターナイフを持つ役割でリストカット跡はなかった。左手首の方は常にリストカット跡を隠すために白い手首バンドが嵌められていた。

櫂が初めて千恵子の彼氏を見たのは、千恵子のその性悪の彼氏がよく出没する店のリストアップの中の一つの居酒屋でだった。ある日、千恵子がそこに一緒に付き合ってくれというので付いて行ったらその性悪彼氏が本当に来たのだった。その男性は、千恵子に聞いていたとおりクッキリした、大変ハンサムな顔だった。

櫂は見た目が大変純で真面目そうに見えるので、彼氏に別に疑われることもなく、そればかりか顔をマジマジと見られた挙句に信頼しきった目つきで『どうぞ、千恵子と仲良くしてあげて下さい!』とまで言われたほどだった。

だが、その時、居酒屋の帰りに千恵子の家に辿り着くと千恵子の家―自営業のビルの部屋だった―で、生意気をいう―千恵子という女は勝ち気なタイプだった―千恵子に対して、いきなりビンタを食らわせる場面に遭遇した。ビンタの原因は、たまたま“薬をやっている”という話が出たためだった。「なにぃ~!薬だとぉ~!」と、こう言っている矢先にもう性悪彼氏の手が出ている始末だった。

二人はいつもこうなのだろうか?その性悪彼氏の話だと“いつも俺たちはこうだよな!俺の方がやられそうになる時も多いよな”と言うことだった。

また家に帰る時、その性悪彼氏の真っ赤な軽自動車で送ってもらったのだが、千恵子が二人が乗る車を見送る時、性悪彼氏に向かって「スケコマ頑張ってね!」と言ってMILD7のたばこを渡していた姿が今でも脳裏に彷彿と蘇る。その夜は確か櫂は横浜伊勢佐木長者町辺りのカプセルホテルで泊まったのだ。

また、千恵子の話によると、千恵子の彼の名前は、“誠司”という名前で、“せいちゃん”というニックネームで、大変、短気で乱暴で女癖が悪いが、日本テレビにスカウトされたことがあるほど容姿端麗なので、どうしても離れられないと言うことだった。

それほどまでに面食いだと言えばそうだが、それは二人の出会いは、美意識が高い世界と思われるファッション界の第一線を行くあの有名な「東京モード学園」だからそう思うのだ。

その上、性悪彼氏は、同時期にいっぺんに10人もの女性と平気で付き合えてしまうほどの女好きで浮気性とのことだったから、並大抵の神経ではこの男とは交際は不可能だろう。きっと嫉妬深い女性ならものの一ヶ月のしないうちに神経が磨り減り、衰弱してしまうと思われる。

現に千恵子がそうだった。嫉妬と涙に明け暮れ、リストカット三昧の日々を送っていたといっても過言ではないからだ。酷い時は、待ち合わせ時間に電話をしても、まだ性悪彼氏はベッドの中で寝ている状態だったという、千恵子は、決してブスでも何でもないが、この性悪彼氏は、心底、千恵子を見下し嘲っている所があったのだ。

「私、何時間でもせいちゃんが来るまで待っているからね!」性悪彼氏の“せいちゃん”を電話で誘う時、いつも千恵子はそう言っていたという。そして、ようやく待ち合わせ時間から何時間も送れて性悪彼氏の“せいちゃん”が待ち合わせ場所の喫茶店に着くとその時初めて普通の恋人同士のようにジュースを仲良く飲んだのだという。―殆どいつも買い物だけの関係だった、もちろん買い物をするのは千恵子の方だった、しかも買い物を受け取るのは彼氏である“せいちゃん”の方だった。殆ど紐男とやっていることは同じだった。

櫂と千恵子が知り合った当時は、自殺寸前の一歩手前と言った状況だったと思う。もちろん、櫂は性悪彼氏に弄ばれている千恵子を気遣い、何度も別れるよう説得したが駄目だった。「櫂には分からないだろうけど、私のように沢山遊んで来ると、ああいう男がよくなっちゃうのよ!」と訳の分からない返答をされるだけに終わってしまっていた。

櫂は、心からこの少女のことを本当に現時点で味合わされている地獄のような不幸の被害から救いたいと思っていた。

東京モード学園で自分で男性物の背広をサイズ変更して仕上げたというオリジナルのグレーのスーツがとてもよく似合う少女だった。

その千恵子という少女―当時まだ10代後半だったと思う―の面影に幸恵は似ているところがあるのだ。色々なことが走馬灯のように一気に頭を駆け巡り、櫂は混乱しそうだったが、そこはグッと堪え、何とかその場をやり過ごそうとした。

その結果、櫂が辿り着いた答えは、“自分はいつも似たような人物に巡り合うなぁ”と言うことだった。その状況や人間関係は、多少食い違ったり入り乱れたり、複数人数出会うと、名前とタイプがあべこべだったりはあるが、とても似たタイプに繰り返し何度も巡り合うことが実に多かったのだ。

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【2010/02/26 16:14 】 | 小説 | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
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